2006-11-18 國名為何有China?周叔夜◎外交官 全球最重要的國家競爭力評比機構之一的世界經濟論壇(WEF)於26日公布最新全球競爭力的排行榜。台灣在125個受評的國家中,從去年的第8名滑落5位,位居第13名。 巴西首都,也是全巴西最具政治份量的巴西利亞郵報當天用了整頁的篇幅來報導此項消息。在報導中,也列表舉出幾個與巴西關係比較密切國家去年與今年的變化情形。由於巴西正在掀起一陣中國熱,因此當然不會漏掉中國。不過中國的排行是第13名,比去年下落五名,同時又印出中國的五星國旗,正好把台灣報導成中國,連五星旗也成為台灣的國旗。有趣的是在社論時,又特別提到四磚國的動態,在那裡提起印度今年是第43名,中國是第54名等等。 本代表處看到此篇報導之後,馬上去電報社,要求更正。因為錯誤的報導,將使讀者有錯誤的認識。總編輯接到電話時,還理正氣壯地說明那報告是寫中國(China),但經過考證之後,馬上又來電道歉。但在道歉之中,還問起為什麼我們的國名還有China字樣,難怪他們會搞錯,並於次日登出一則更改啟事,說前天的那個報導第13名的國號是台灣。 為了正名、制憲等諸敏感問題在台灣熱烈地討論時,我願把親身經驗遇到的事實擺出來,供關心此議題的人作參考。
2006-11-18 許世楷:台日關係不變 未來只會更好郝雪卿◎中央社記者 日本新任首相安倍晉三就任後不久就出訪中國,是否牽動台日關係?駐日代表許世楷及亞東關係協會會長羅福全今天在一場演講會中,對台日未來關係都抱持樂觀態度,兩人認為,台日都是民主化國家,且有共同的社會價值,台日關係不僅不變,未來只會更好。 台灣安保協會下午在富王飯店舉辦演講會,邀請前駐日代表、現代亞東關係協會會長羅福全以「透視日本安倍新內閣,展望台日新關係」為題發表演說,並由台灣安保協會理事長黃昭堂擔任引言人,返台出席「台日貿易經濟會議」的駐日代表許世楷也到場聆聽。 安倍晉三上任不久就出訪中國,會晤中國國家主席胡錦濤,是否牽動台日既有關係?許世楷認為,雖然日本與中國有技術性及意願性的接觸,但中日之間關係要很密切有困難,且安倍是位保守的政治人物,台日兩國關係不會有大變動。 許世楷進一步表示,台灣是民主化國家,與日本有共同的社會價值觀,中國是獨裁國家,還有人權問題,大家可從日本提供台灣國民免簽證待遇,就可以了解日本對台灣的態度,台日關係不僅不變,未來只會更好。 羅福全也認為,去年在中國大陸曾發生多起反日運動,日本國內的反中情緒也達到百分之六十五,多數認為中國對日本不友善。安倍是戰後政治人物,沒有以前的意識型態,對外關係是以國家利益為導向,同時安倍內閣中親台大臣有九人,親中的只有一人,台日未來關係是樂觀的。 他說,二000年台灣政黨輪替,讓歐美國家見識到台灣民主化成就,在中國壓力下,美、日等國對台獨都說不支持,但並不代表反對台獨,這是一種模糊外交,而台灣目前最大的危機,就是有無決心,維持自由民主體制是台日關係的基礎,台灣要有能力向國際展現決心。
2006-11-18 周英明さんを偲ぶ宗像隆幸◎台湾独立建国聯盟中央委員 周英明さん(東京理科大学名誉教授、工学博士)が、去る11月9日に大腸癌で亡くなった。享年73歳。40数年来の台湾独立運動の盟友であり親友でもあったので、私は心の片隅にぽっかり穴が開いたような寂しさを感じている。 1961年4月、文部省の国費留学生として東京大学大学院に留学した周英明さんは、留学生会館の図書室に置かれていた『台湾青年』を読んで、その晩は興奮して一睡もできなかった、と周英明・金美齢著『日本よ、台湾よ』(扶桑社、2001年刊)に書いている。『台湾青年』は1960年に台湾人留学生たちが東京で台湾青年社(現在の台湾独立建国聯盟日本本部)を結成して創刊した日文機関誌である。台湾青年社への参加を勧誘された周さんは、悩みに悩んだ。日本の敗戦後、台湾を占領した蒋介石独裁政権の支配下では、台湾独立を主張するだけでも叛乱罪と規定されており、独立運動の組織に参加すれば、15年から20年の懲役が普通で、死刑に処された人も少なくなかった(独立運動が合法化されたのは、李登輝総統時代の1992年である)。国外で活動したからといって、安全とは限らない。蒋政権の大使館にパスポートを取り上げられるから、外国での滞在は不安定となり、台湾の親兄弟に圧力をかけられるケースもあった。それでも周さんは、台湾青年社に参加した。自由な国に住んでいる台湾の知識人としての責任感と正義感が、彼をそう決心させたのである。 台湾青年社に参加した周英明さんは、さっそく『台湾青年』第11号(1961年10月発行)から、小説「烏水溝」の連載を開始した。台湾青年社に参加して『台湾青年』第9号から編集を手伝っていた私は、周さんの日文がうまいのに驚いた。台湾青年社の中心人物で最年長だった王育徳先生(故人、明治大学教授、文学博士)は、「皆これから修士を取り、博士を取るんだから、日文を勉強しなくちゃいけない。もし、成績が悪くて必要な単位を取れなかったら、日本滞在権を拒否されてしまう。台湾に送還されることにでもなったら、監獄に直行だ」と言って、彼らが書いた『台湾青年』の原稿を手直していた。私もそれを手伝っていたが、周さんの文章は完璧で手直しの必要はなかった。 周さんは「烏水溝」の冒頭で、「昔、台風と激流の台湾海峡は烏水溝と呼ばれ、恐れられていた。それは既に今日の台湾人と中国人の心の溝を予\告していたかのようだ」と書いている。その溝の深さはいまだに変わらず、中国は武力を使っても台湾を統一すると威嚇し、台湾海峡は世界平和を脅かす最も危険な場所の一つとなっているのだ。 26回で「烏水溝」の連載を終えた周さんは、「『烏水溝』を終えて」と題する文章で、この小説を書いた理由を次のように説明している。恐怖政治の下で言いたいことを言えない台湾の台湾人に代わって、彼らの言いたいことを伝えること。登場人物はフィクションであっても、彼等の言動は全て実際に見聞したことであり、その記録を残すこと。若い世代を中心とした戦後の台湾社会の縮図を年代史的に書き、この特異な社会状態を歴史に記録しておくこと。 周英明さんは「烏水溝」を書き終えると、すぐにその続編である「脱出」を16回にわたって連載した。「脱出」では、国民党軍の最前線で、中国大陸から旧式の大砲の砲弾が届く距離にある金門島での台湾兵達の経験が語られている。 この「脱出」の最終回では、兵役を終えて金門島から帰還する船上で、親しい友人同士の二人がこう語っている。 「これから台湾に帰って、一体何が僕らを待っているのか、君は考えてみたことがあるかい? 奴隷の生活がまた待っているだけだぞ ……今まで僕らが孤島に流刑になっていたのだとしたら、今度は台湾という、大雑房の中に戻るだけなのさ」 「僕はただ逃げ出したいんだ。自分の生まれた故郷に、これ以上住んでいくのに堪えられないのだ。……僕は真に人間らしい気持ちになりたいだけなんだ。一度だけでいい、自由な人間とはどういうものか、その気分を味わいたい」 何も反政府的な活動をしなかったにもかかわらず、政治犯として17年間投獄された柯旗化さん(故人)は、『台湾監獄島』(イーストプレス、1992年刊)に自分の経験を書き残した。李登輝総統の下で台湾の民主化がかなり進展してからであるが、私は柯旗化さんと親しくなったので、その寛容で紳士の典型のような人となりは良く知っている。柯旗化さんは、台湾で長年にわたり学生たちの間でベストセラーになった『英文法』の著者でもある。 恐怖政治(台湾では蒋政権の恐怖政治を「白色テロ」と言う)は、反政府活動を行なった者だけを弾圧するのではない。台湾で政治犯として処罰された人達のうち、実際に反政府活動を行なった人は百人に一人もいないであろう。反政府活動を行なわぬよう、恐怖を与えて人民を支配するのが恐怖政治なのだ。正しく台湾は、監獄島であった。特に知識人が弾圧の対象にされたから、彼等はなんとかして国外に逃れようとした。しかし、この監獄島に開かれた窓は狭かった。蒋政権が兵役を終えて留学試験に合格した者(殆どが大学卒)に出国を認めたのは、蒋政権の支配階層の子弟の出国を認めざるを得なかったこともあるが、蒋政権に対して最も強い憤懣を持っている若い優秀な台湾の知識人をやっかい払いしたかったからであろう。 台湾の大学生たちは、この監獄島に開かれた小さな窓に殺到した。大学卒で兵役を務めた者は殆どが将校になり、周英明さんも空軍少尉であった。しかし、彼らに蒋政権が支配する台湾監獄島を守るつもりは少しもなかった(中国が攻めてきたら台湾を守るために戦う、と台湾人の圧倒的多数が本音で答えるようになったのは、台湾が民主化されてからである)。 周英明さんも、この小さな窓口から台湾を脱出した。当時、留学生のために台湾から送金することは認められていなかったから、周さんのように外国の奨学金を貰えた人はいいが、多くはアルバイトで生活費と学費を賄った。アメリカで博士号を取得した台湾人は10万人を超えるが、彼らの多くは皿洗いなどをして生き延びたのである。 台湾監獄島を脱出した台湾人留学生の中でごく一部の強い責任感と勇気を持つ人々が、アメリカ、日本、ヨーロッパ、カナダなどで台湾独立運動に参加した。親しくなった周英明さんからいろいろ話を聞いて、よくも彼のような超優等生が独立運動に飛び込んできたものだと感心したものだ。彼は子供の頃から超優等生であった。それは、学業だけではない。周さんのお父さんは鉄道省の技師で、周さんの兄弟姉妹10人は皆日本で生まれている。周英明さんは8番目の子供として、1933年に北九州の八幡市で生まれた。日本の敗戦で一家は台湾に帰り、お父さんが台湾の国有鉄道に務めたから、官舎を与えられたが、自分の持ち家はなかった。国立台湾大学の学生と助手であった時代の周さんは、多い時は同時に13人もの家庭教師をした。周さんは生まれながらの教育者だったから、それはあまり苦にならなかったようであるが、老いた両親に家を贈ってから留学したいと考えて、それほど猛烈にアルバイトに精を出したのである。私は、こんな孝行息子を他に知らない。 日本に来てから3年目に、周英明さんは同じ台湾青年社の仲間の金美齢さんと結婚した。そして、すぐに娘さんと息子さんが生まれた。周さんの家族に対する献身ぶりも、類い稀なものであった。学生たちに対しても周さんは、その性格と教育の仕方から大きな影響を与えたようである。1970年の安保闘争では、学生たちが学内で狼藉を働き、教師を殴る者までいた。それらの学生達の中には、卒業論文を書くときになり、指導教官を引き受けてくれる教師が見つからず困っている者がかなりいたと言う。「そんな学生が頼んできたときは皆引き受けたよ」と周さん自身に聞いたことがある。娘さんと息子さんも立派に成長して良き家庭を築き、周さんは5人のお孫さんに恵まれた。三世帯住宅で一緒に住むお孫さんにとって周さんは、良い子に育つよう慈しみ導いてくれる素晴らしいお爺ちゃんであった。 今回、病床に周さんを見舞った時、「僕はここでも優等生の患者なんだ」と言って、彼は微笑んだ。周英明さんは、生まれてから死ぬまで超優等生であった。2006年11月
2006-11-13 司法政治化危機張葆源◎曾任台灣憲政研究中心副研究員 國務機要費案偵結起訴後,由於第一夫人之犯罪態樣屬於刑法上的身分犯,須以具公務員身分之人共同實施為前提,從而引發檢察官能否偵查總統及法院應否受理等爭議。 近日法界屢從憲法第五十二條闡釋起訴書的合憲性,迭有高見,惟本案若有不易究明之政治行為,則又觸及權力分立。經查,該案確有兩件對外秘密事項,從而檢方能否以「甲君」案之偽證驟然否定其他機密之存在,顯有疑惑;況該行為若涉及高度政治性,是否適合司法機關進行判斷,殊值深究。 憲政學說及判例均承認若干例外是為司法權之所不及,例如「統治行為」。其概念源自德語的Regierungsakt,理論認為某些行使統治權之國家行為具有高度政治性,司法機關不宜審理。美國則稱為「政治問題」(political question),其理論由聯邦法院判例匯聚而成,法院劃定若干國家行為,排除司法權之行使。該理論發展迄今,雖無確切範圍,惟美日等國大抵涵蓋\國內事項和對外關係,諸如國會自律、發動緊急權、領土割讓或合併、外交活動、國家承認、政府承認、交戰團體之承認、國境或公海之確定等。 日本學界對於統治行為理論見解紛陳,早期以肯定說為主流,晚近趨向折衷說(限定範圍)。肯定說指出,某些國家行為具有高度政治性,不宜由法院進行法的價值判斷,因此,與其委由法院作出高度爭議性之判決,毋寧委由國民針對行為主體進行政治批判。該說又分: 一、自制說:宮澤俊義、外間寬等人基於「司法消極主義」,主張法院應行自制,從「法院並未擔負政治責任」進行論述,認為法院應考量「比例原則」,慎重處理高度政治性之國家行為;亦即,法院衡酌涉入判斷可能引致之後果,倘介入將發生重大政治混亂,則應捨大害而就小害,避免捲入政治紛爭。 二、內在制約說:從司法權之結構、性質及司法權與其他國家權力的關聯性進行理解,認為司法權在憲政架構中有其權力限度。入江俊郎強調三權係處於「互不侵犯的對立關係」,統治行為應「保留給國民作最後判斷」;雄川一郎認為「司法權並非萬能,應存在一定界限」,進而推出「縱為法律問題,甚或與國民之權利義務有所關聯,惟因其觸及國政之重大問題,故不宜由法院透過訴訟程序加以解決」。 綜上所述,假設國務機要費之使用涉及高度敏感的國際或兩岸關係,法院即便介入,或恐治絲益棼,難斷真偽,況若強行介入,亦將引發司法政治化之危機,焉能不慎!美國大法官Mr. Justice Frankfurter說過:「憲法曾將大量政府重任,交由行政及立法部門執行,並由人民行使最後之監督加以控制」,今天司法機關若無力釐清葛藤纏繞的政治議題,何不回歸國民主權原理?
2006-11-07 陳水扁總統與陳瑞仁檢察官施正鋒◎淡江大學公共行政學系暨公共政策研究所教授 自從兩千年總統大選以來,由於朝小野大的困境,讓陳水扁政府一直無法伸展大志。在國會與行政的角力過程中,除了立法的全力杯葛,也有罷免的嘗試,不過,由於憲法對於民選總統的任期保障,終歸無疾而終。接棒的所謂反貪腐運動雖然一時風起雲湧,然而,街頭運動終究要回歸體制內的化解之道,因此,歹戲拖棚的紅杉軍反而幫助士氣低迷的民進黨稍挽疲憊之勢。 在陳瑞仁檢察官依『貪污治罪條例』起訴第一夫人吳淑珍等人以後,陳水扁總統經過兩天的思考,以記者會的方式全力反擊,儼然化身為辯護律師,也上演一場令人錯愕的不對稱論述競賽。儘管陳瑞仁在大學時代與當今民進黨新潮流人士熟識,或可免於泛藍挾司法之名以行鬥爭之實的指控,不過,在排山倒海般的政治連環套紛圍之下,還是讓選民有很大的想像空間。 對於陳瑞仁來說,不管國務機要費的最後用途為何,只要是拿發票來湊數,就是偽造文書、甚至於是貪污。然而,對於陳水扁來說,由於國務機要費的科目一再變動,在迫切的祕密外交考量下,只好便宜行事,造成行政程序上的瑕疵;阿扁甚至於對檢察官揭露受款機密人士的身分,強烈表達不滿。 撇開政治鬥爭的框架不說,從三權分立的憲政原理來看,總統為了國家安全、特別是涉及外交運作,多少擁有一些行政的特權。我們考察美國的經驗,從開國元勳傑佛遜、林肯、到兩位羅斯福總統,大致是維持強勢總統的姿態,而且也受到百姓的支持;不過,自從尼克森總統陷入水門案件以後,國家機密被用來掩飾罪行,人民對於國家元首的信任度下降,領導者比較不願意堅持行政權百分之百不容侵犯。 相較於美國憲法對於總統彈劾的詳細規定,中華民國憲法的相關條文簡單扼要,也就是第五十二條「總統除犯內亂或外患罪外,非經罷免或解職,不受刑事上之追究」的規定。雖然憲法沒有說明究竟總統在甚麼樣的情況下可以被罷免、或是彈劾,譬如濫用職權、或是干擾司法,然而,為了保護總統一職的崇高地位,總統到底還是可以拒絕一般的司法偵訊。 然而,不管是出於尊重司法的善意、或是突顯司法的濫權,陳水扁總統為了頭目津貼案前往花蓮應訊,已經製造破壞憲政制度的先例,作繭自縛。此回,他再度自動放棄特權以展現親民的態度,恐怕不是見樹不見林,而是犧牲憲法的優越性,打算展開近身搏鬥,也就是說,面對敵人的踏伐、以及同志的逼宮,阿扁唯一的靠山就是民進黨的支持者。 阿扁在記者會上所提的說明,大致上可以歸納出兩種戰術,也就是審計單位在找麻煩、以及「大德不逾閑、小德出入可以」的原則。就前者而言,除了說總統的機密外交款項被在野黨操控的國會大幅削減以外,只好動用總統本身的國務機要費,然而,審計部卻一再變更科目、以及單據的相關規定,而且又未善盡事先告知的責任,擺\明的就是與泛藍一鼻出氣、故意入罪於人。就後者而言,在不得已的情況下,只要錢不是落入自己的口袋,瑕不掩瑜;更何況,其他行政首長都有特支費,就是總統的手腳被綁死了,未免太委屈了。 誠然,「刑不上大夫」是封建時代的看法,而「王子犯法與庶民同罪」也符合民主社會的期待。陳瑞仁或許\想要當包青天,問題是,不只是政治問題不能用法律解決,憲法問題也不能用司法解決。不過,在憲政灰色地帶有待釐清之際,正義的韁繩恐怕還是在百姓的手上。究竟總統的作為有無不當、有無必要、有無罪刑、以及如何處置,民意未必有相同的強度。 在這回戰役,陳水扁似乎是越戰越勇,特別是喊出「扁嫂一審判決有罪就下台」的豪語,彷彿是相當胸有成竹。相對下,最大的受傷者是一向政治盤算精準的新潮流,不要說賠上高雄市長候選人陳菊,差一點連行政院長蘇貞昌都燥進地跟上切割的路子。同樣地,民進黨台北市長候選人謝長廷的揶揄,反映的還是化不開的扁瑜亮情節。 這回如果能度過難關,受盡制度吃人苦投的陳水扁總統,如果無力履行國家定位的政見,應該保握剩下來的任期,至少可以進行制度建立的努力,還是可以在台灣歷史正面留名的。
2006-11-07 反軍購 爭授勳陳國雄◎台灣安保協會研究員 在輿論壓力之下,三大軍購案當中的P-3C反潛機與愛國者二型飛彈性能提升案預算終獲通過,雖然值得欣慰,但潛艦預算原編45億元被刪到僅剩2億元,愛國者三型飛彈編列的114億元則被全數刪除,令人深感遺憾。 國家安全戰略的最佳境界,就是有效嚇阻敵人發動戰爭,確保和平;其次則是一旦戰爭爆發,讓敵人無法得逞。若要確保安全與和平,不能憑空期待敵人的善意,關鍵是要倚靠自己的防禦力量,使敵人沒有勝算而「不敢」發動戰爭,或是敵人將因戰損極大而「不願」開戰。很淺顯的道理,堅強的國防可使敵人不敢造次,薄弱的國防很容易引誘敵人侵犯。 綜觀中國軍事現代化的建軍方向,大都發展攻擊性武器,而台灣則以發展戰略守勢的防禦性武器為主。近年來,中國的飛彈攻擊戰力急速提升,在海空戰力方面,中國的新一代戰機(殲十、蘇愷二十七/三十、殲轟七機及轟六導彈機)總數已達五百架,超出國軍主戰飛機約二百架;另完成接收俄製十二艘基洛級潛艦,並加速「093、094」型核動力潛艦的測試進程,目前性能優異的潛艦有三十餘艘,向俄羅斯購買四艘「現代」級艦及自製的「中華神盾」艦052C型均已成軍,台海均勢逐漸向中國傾斜。為因應此一險惡態勢,國防部規劃的三大軍購案深具戰略意涵。 由於中國海軍的反潛能力薄弱,一旦台灣取得8艘潛艦,部署在台海週遭伺機伏擊,中國海軍將難以動彈。如果台灣潛艦部署於南海,也可以攻擊中國的石油運輸能源路線,制肘中國的動武企圖。從國防投資的角度來看,以台灣採購8艘潛艦及12架P-3C反潛機的投資計算,勢將逼使中國增加7.7倍的金額來提升反潛戰力,因而排擠解放軍發展其他攻擊性武器的投資,相對舒減對台灣的軍事壓力。 至於愛國者飛彈的採購案,以現有的反飛彈裝備來估算,僅能防護25%的人口和8%的工業生產力。採購案順利執行之後,至少可以防護70%人口和60%的工業生產力,軍事資產的防衛可從原先的17%提升至75%,大幅降低中國導彈攻擊的效能,嚇阻中國冒然開戰。就戰略意涵而言,愛國者飛彈採購案與分享美軍DSP預警衛星的「即時資訊」有關,透過美軍海外基地的「聯合戰術地面站」(JTAGS),使台灣建構中的C4ISR指管通情系統與美軍連線,在美日同盟的第一島鏈防衛線,台灣不致成為脆弱的戰略缺口,彼此構成實質同盟關係,足以遏制任何軍事盲動。 P-3C反潛機與愛國者二型飛彈性能提升案的原編預算全數通過,足以證明泛藍立委口口聲聲「凱子軍購」的說法毫無根據。如果軍購案的預算編列真是凱子軍購,何不將軍購預算付委討論,刪除不當預算,不但可以防杜弊端,同時也能夠讓軍購案合理進行,確保國家安全。軍購案在程序委員會慘遭泛藍立委封殺62次之後,此次潛艦及愛國者三型飛彈的採購預算同樣沒有討論的餘地,如此毫不講理的作風,根本就是反對台灣具備足夠的防禦力量,替北京日後武力犯台創造有利條件。難怪外國媒體宣稱反軍購的立委,簡直可以獲得中國的授勳。
2006-11-06 台灣獨立建國聯盟美國本部的聲明全國囑目的國務機要費偵查120天後,以起訴第一夫人及總統相關行政人員作結。我們秉持一貫相信民主尊重司法的態度, 呼籲所有台灣人民靜待司法審判釐清真相。 在司法尚未定愝之前,我們不應揣測當事人有罪與否。在此謹提出一些事証供台灣人民參考。 陳水扁總統一上任即自動將薪水減半. 從李登輝總統時代的八十四萬月薪減為四十二萬. 兩任期共可替國庫節省約四仟四佰萬元。相較於陳瑞仁檢察官指控所謂的“貪污一仟四佰萬八仟四百零八元”, 從金額的角度來講完全無法相比。 從陳總統的行事風格來論更是不合邏輯。 再來由兩蔣時代延續到前李登輝總統所使用的國安秘帳“奉天”和“當陽”兩專案內含數億金額。多少人從中黑箱作業。 因此陳總統決定關閉兩專案並將所有數億款項回繳國庫。 由此可以再次証明陳總統和夫人是否為檢察官所謂的“貪汙共犯結構”。 如果陳總統真的是位貪腐總統, 何不去盡情使用國安秘帳, 延續國民黨時代的總統所立下的做法? 更無需煩勞夫人收集發票, 讓親中的泛藍打手抓把柄, 扯後腿。 我們相信大多數的國人都秉持相信民主精神, 尊重司法制度。 按照這個先決條件, 司法應該是中立,無色的. 吊詭的事情是陳瑞仁一直強調自己是“深綠” 讓人的感覺真是“此地無銀三百兩” 。 台灣人民須要的是一位立場超然沒有顏色只有專業的檢察官。 今天陳瑞仁有如此嚴重的〝假綠〞傾向, 以致全篇起訴書充滿了許\多用詞不公, 未審先判的令人無法信服的字眼。 我們在此嚴肅的指出,近日來的紅衫軍亂台也好﹑泛藍的「倒扁」也好﹑檢查官匆促的「起訴總統夫人」也好,都是像藍橘集團在立法院六十二次的反軍購是同性質的,都是不認同台灣的親中政客賣台行徑的一環。我們在此沈痛的呼籲,真正「挺台灣」的民眾要覺醒,不要再分裂了。在今後的多次選舉時,要敵我分明,請千萬不可投票給不認同台灣的政客。
2006-11-05 印度獨立運動初探國立東華大學民族文化學系暨族群關係與文化研究所助理教授 壹、前言 位於南亞的印度是世界四大文明古國之一,從第八世紀起即歷經阿拉伯、土耳其、蒙古與歐洲經商貿易者的經濟覬覦,到十九世紀逐漸被大英帝國的 政治控制並進而完全殖民,並因此在兩次的世界大戰時成為英軍不可或缺的軍用人力與物力資源。而在提起印度獨立建國史上,最聞名的莫過於由甘地 (Mohandas Gandhi, 1869-1948) 與尼赫魯(Jawaharlal Nehru, 1889-1964)所領導的非暴力行動抵抗 (Nonviolent Resistance Action),1947年英國將印度領土分為印度和巴基斯坦兩個自治領地,同年8月15日印度正式獨立,建立成以印度教 (Hindu) 為主的印度共和國 (Republic of India / Bharatiya Ganarajya) 與以穆斯林教 (Muslim) 為主的巴基斯坦 (Islamic Republic of Pakistan / Jamhuryat Islami Pakistan)。當時的巴基斯坦分成東西兩邊,並於1947-1948年、1965年與1971年與印度發生三次戰爭(Brass and Robinson, 1987; Bisheshwar, 1966; Palmer, 1995)。第三次戰爭讓東巴基斯坦成為另一個獨立國家孟加拉 (Bangladesh)。目前巴基斯坦與印度仍然為了喀什米爾 (Kashmir) 領土的主權爭戰中,並互相以增進防禦性武力而進行核子武器試爆,不過於2002年起開啟談判起機制來降低兩國的緊張關係 (Chandra, Mukerjee, and Mukerjee, 1999; Talbot, 2000)。 本文將聚焦探討從英國獨立出來的印度共和國為主,除從政治學上的不同民族主義類型與Manu Goswami (2004) 的《Producing India》(製造印度)一書來看印度外,也將介紹印度獨立建國運動中著名的非暴力抵抗運動,並簡短分析獨立建國後的社會經濟與政治文化為本文結語。 貳、民族主義與製造印度 […]
2006-10-30 約堡機場 洪奇昌 715就在十月二十七日,南非的約翰尼斯堡國際機場正式改名為OR Tambo International Airport,以已逝之前非洲民族議會(ANC)主席奧立佛.譚波(Oliver Tambo)為名,以紀念其對於南非解放運動的貢獻。如果,我們一一列舉反對約堡機場改名的主張,跟反對桃園中正機場改名的說法,其實相差不遠。甚至如前新潮流大老洪奇昌本週日發表的「華航正名應理性考量 」鴻文,主張「貿然行事的結果,可能嚴重損及華航以及廣大乘客的權益」,也並未超越南非反對改名人士的論述。 跟台灣一樣,同為移民國家的南非,也充斥著許多外來者的名字。以約翰尼斯堡為例,就是當年兩個殖民官員Johannes Meyer和Johannes Rissik兩人為了表彰自己的功\勳而命名。同樣地,約堡機場在一九五二年剛成立時,也是以曾兩度擔任南非總理、支持種族隔離政策的詹斯姆滋為名的。一九九四年,曼德拉當選首任黑人總統後,下令改為約翰尼斯堡國際機場這個中性名字。當時政府還宣布,往後的機場命名,不會再以政治人物為名。可以想像地,這次當政府打破了自己先前承諾後,白人族群會怎麼看。 一般白人大都不贊成機場改名,他們的說法也跟反對中正機場改名的講法類似:浪費公帑及操弄政治。白人的學校也不贊成將已享有盛譽的校名改掉,讓他們失去歸屬和榮譽感。南非商業航空協會總裁Oliver Stratford更指出:依國際行業規則,國際機場的名字應該與該城市名字相同,約堡機場改名後,將給各航空公司和旅客帶來不利的影響。 但支持改名者如依庫蘭尼市長所說的,「大家不要被這個改革的代價所困擾;因為這是國家走向進步所必須要付出的代價。」中央政府更是主張,南非實施種族隔離制度時期,曾使用政治人物的名字為街道、學校和建築物的名稱,現在若繼續,將對當年受害黑人有所冒犯。 可以想像地,當台灣各地充斥著中山與中正街名、建築物或是「中國」某某公司之際,如果推動比中正機場更深層的正名運動,民進黨勢必面臨更嚴峻的挑戰。 當台灣「七一五學者」喜歡以南非的「真相調查及和解委員會」來檢驗民進黨政府實踐轉型正義時,我們卻發現,弔詭的是,他們一方面批評民進黨政府不處理轉型正義,卻又一方面指控陳水扁挑起族群衝突。也許透過檢驗南非政府的作為,可以讓民進黨再度找回執政的價值。如果因為害怕面對衝突,就不敢展開公民辯論或是改革時,恐怕不僅無法找回真誠的自我,也將沒有勇氣面對未來。
2006-10-21 日本國會新選舉制度及相關法制臺灣國內近年來對修改現行選舉制度、改採小選舉區比例代表並立制、二票制、嚴格防止不正當選舉等主張者日多,而且倡導「聯合內閣」、「聯合共治」之聲也時有所聞。日本三年來的經驗和這次以改革相關法制對過去作一番整理的大選,頗值借鏡。
2006-10-19 台灣的國家安全保障堪虞鄭欽仁◎台灣安保協會常務監事 引言:帝國主義者眼中的肥羊 張戎及其夫婿合著的「毛澤東:鮮為人知的故事」一書之漢文版,幾經波折,終於在今年(二○○六年)九月出版。有許多人一提起中國或中國史,好像天生下來就已經知道,或是能口誦「論語」的幾句「子日」便是懂得中國文化,尤其在台灣自稱是「中國人」的更是如此。 張戎的書不能不讀,台灣兩千三百萬人若要在自由民主主義下生存,不能不瞭解中國共產黨的基本想法。毛澤東是一個澈澈底底的帝國主義者,張戎引用毛澤東的話說:「我認為,這個世界是能夠統一的。」又說:「再過五年,我們的國家就有條件了。」毛要征服世界,既然認為「這個世界需要統一」,台灣當然不在話下,是在掠奪的範圍。 今年五月,由三十五人組成的日本.讀賣新聞中國取材團出版了一本新書「澎脹中國」,該書記載:中國海軍的創設是在一九五○年四月,即毛澤東之中華人民共和國建國宣言的半年後,當時,甚至今日中國海軍最大的任務不變,即「解放台灣」。中國步步為營,六十年來積蓄能量就是為了掠奪台灣。問題是兩千三百萬人中有許多「阿斗」,想當「安樂公」。以一般來說,國際上強國突然發動侵略,引起國際社會失去「勢力均衡」(balance of power)就會引起劇烈反彈,但對於一個國家長期擴充軍事力,蓄勢待發而不是即時發動戰爭,常會掩人耳目,或因國際上的姑息主義使侵略者瞞天過海。但一旦發動侵略戰爭,國際上即使援助,常緩不濟急:台灣目前就是處在這樣的「轉變期」,但國內政客卻熱衷權力鬥爭,不關心整軍經武,軍購廢弛。古時秦國的商鞅變法,使秦人「勇於公戰而怯於私鬥」,日前我們的情形竟然是「勇於私鬥而怯於公戰」,每一個政客從政都在向中國獻媚,迷失方向。 中國發展核武、導彈 美國曾助紂為虐 張戎的書指出毛澤東的野心在發展核武的飛彈。毛不惜一切代價,也不顧核武試驗失敗會殃及中國人民,一九六六年十月在中國本土進行攜帶核彈頭的導彈試驗;一九六七年六月試爆氫彈成功;一九八○年發射洲際導彈成功。 中國的成功背後有季辛吉的助紂為虐,一九七六年李辛吉告訴毛的使節黃鎮,已經商量好由英國提供軍用航空引擎,張戎描述說,「這項決定解決了中國軍用飛機的『心臟病』問題」。不僅如比,導彈工業也是由勞斯萊斯公司提供,季某還「暗地裡鼓勵英國、法國把嚴格禁運的核反應堆技術賣給中國。」加上嗣後三十多年的軍備發展,中國的核武投射能力已經具備,正威脅著台灣、亞洲,甚至美國及全世界的安全。 台灣在防衛上的疏漏 台灣的國家安全,具體而言,並不受世界列強(國家)之威脅,唯有中國的侵略。尤其是中國核武搭配飛彈的能力增強,一旦有事,美國等國家能否馳援,實是堪虞。 回溯一九九五、九六年的「台海危機」,中國向台灣周邊發射飛彈,用意不止是以演習做為威脅,中國仍伺機侵略,逼得美國派遣兩艘航空母艦艦隊馳援。中國的計畫不得逞,事後更積極發展潛艦、核武與洲際飛彈,目前確實已威脅到美國本土與航空母艦戰鬥群。 美、日之間有同盟,目前日本輿論界擔心日本或台灣一旦「有事」,在核武威脅下美國是否會馳援,尤其是台灣受到攻擊,在第一時間若有「猶豫」後果不堪設想。 日本是沒有核武的國家,過去是依靠美國的「核傘下」,九月二十六日安倍晉三的內閣成立,輿論預先期待安倍能發揮領導(leadership),不因核武威脅而畏怯。京都大學的中西輝政教授指出,中國在福建省與浙江省每年增加一百枚以上的中距離彈道飛彈,目前已達八百枚以上的配備。一旦中國侵台,美軍從日本的沖繩基地馳援,中國若以短中距離飛彈如雨淋攻擊基地,應考慮各種因應對策云云。(參考二○○六年十月的Voice)當然,台灣也應有自己的構想。 台灣的民間,甚至各政黨與政府都欠缺危機意識,也從不針對國家安全與民防的問題討論;對中國問題僅以狹隘眼光討論如何開放三通與經濟,商人的利得優先而忽略國家前途。 台灣必須加強潛艦實力 對於中國的侵略,筆者擬提出兩項政策加以討論,一是加強潛艦的實力,其次是如強防空措施。首先談到前者。 在中國入侵時,台灣希望美國的航空母艦戰鬥群的支援;但美國在美日安保同盟之下需要日本的合作。日本必須加強飛彈防衛體制之外,比美國還要提早出動掃雷艇及潛艦以保護航空母艦戰鬥群。 中國的政策為了對付「航母」以及美國的支援台灣,積極增加潛艦數量,根據岡崎研究所所長岡崎久彥的說法,中國潛艦的數量預計要達到美國的三至五倍的目標。(參考上引Voice)目前中國的潛艦有七十艘,其中六艘是核子動力潛艦;日本潛艦計十六艘(見二○○六年九月六日的Sapio);台灣只有四艘(參考日本防衛廳編『日本的防衛』,二○○六年八月一日出版。) 台灣四周環海,有太平洋、東海、台灣海峽、南海及巴士海峽,尤其後兩者關係台灣的生命線(石油航運),而巴士海峽是容易潛伏而難纏的海域,台灣本身要防衛以及因應「航母」的馳援必須大量增加潛艦以應急需。據專家說法,通常潛艦的三分之一在執勤,維修與訓練也各佔三分之一,有謂目前台灣需要增加三十艘,恐還不夠,如何要與中國預計增加的潛艦數目取得平衡,應重新評估該有的數目。 加強空防,刻不容緩 其次,關於空防問題。中國的急速軍備,十八年來軍事預算以兩位數增加,台灣的防空能力和制空權、加上美國的兩個航母機動部隊,能夠維持優勢到什麼時候,據岡崎久彥的說法已經成為嚴重的問題。 回想「反共抗俄」時代,中國難於取得制空權,台灣沒有空襲之虞,如今與飛彈對峙,防空設備廢弛,過去曾一時在學校挖防空洞也是徒具形式,未能為用,反觀日治時代,小學一年級學生都已知道如何穿防空衣、做好躲防動作,而戰後教有一無所有,這都是親身經歷的事情。 政府機構的防範措施也極重要,美國「九一一」恐怖事件後,對於防禦工程也有新的看法。然以中國來說,北京自取得政權後一直為對抗美國的核武,早已具備防禦設施,這是應該警覺的。 結語:「國民保護法」的借鑑 綜合以上論述,無疑地指出自中華人民共和國成立以來即走向帝國主義,不但要侵吞台灣,更有「統一世界」的幻想。中國人的本位主義(Sinocentric)常活在自己的價值觀裡,而且以其價值觀要支配別人,我們不幸有此惡鄰。但以台灣是一個「海洋國家」,為對抗「大陸國家」的擴張主義,應有自己的戰略觀,即海洋國家與海洋國家聯合,共同對抗侵略。 但不幸的,不僅是要面對中國的侵略,也要面對美國霸權國家的干預,致使在目前的憲法架構下未能成為國際法上所稱的「主權獨立國家」,一方面與中國的糾葛未能排除,一方面未能在國家群成立的「國際社會」、以「正常國家」的身分參與。在美國阻擋台灣成為普遍國家,使台灣要運用外交以達成「國家安全保障」,幾乎不可能;但美國的布希政府固執己見,將使台灣的防衛日愈困難。也就是說,國防與外交的雙翼,台灣已失去一翼(外交)在飛翔。 美國以其國內法的「台灣關係法」維持與台灣的關係,但美國的亞洲政策十年一變,親中路線的抬頭不是不可能,而目前已有徵候。布希政府抑制台灣從憲政上改變而成為獨立國家,但布希政府無法保證下一任美國的總統是出於共和黨,即使是出於共和黨也無法保證政策上能「蕭規曹隨」,這是台灣朝野應該思考的問題,不要只勇於內部鬥爭,誤了國家前途。 又以上所提潛艦與空防措施是關係到國家與社會安全。有關後者,日本政府早在多年前不厭其詳的朝野共議,並聽取專家與專門機構的意見,在二○○四年公布「國民保護法」,並立即付諸實施。同年又由該國的總務省、國際室長礒崎陽輔撰成「國民保護法的讀法」供各方參考,台灣的各級政府與國會應該有這樣的「問題意識」知道自己責任所在,並勇於負起應有的責任。