アジア太平洋の地域的安全保障に対する日本の新たなアプローチ ── 限定的な集団的自衛権行使の容認と台湾への期待

金田秀昭
岡崎研究所理事、元日本海上自衛隊護衛艦隊司令官

 

台湾は、日本にとって一衣帯水の隣国であるのみならず、地域を貫通する国際的に枢要な海上交通路における顕著な航路収束点(チョークポイント)に位置しており、隣国である海洋国家日本の生存と繁栄にとって、その戦略的な重要性は論を待たない。日本の同盟国である米国もまた、中台間に危機が生じるたびに軍事介入してきた歴史的経緯を見るまでもなく、台湾をアジア太平洋地域における対中国戦略上の枢要なパートナーとして見ている事は疑い無い。中国が、地域や台湾に対し、政治、軍事、経済面での圧力を強めている中で、台湾が民主主義国家として厳然として存立しつつ、先進国家として発展を続ける「政治的価値」と、台湾が固有に持つ地域安全保障・防衛上の「戦略的価値」とは、取り分け日米両国にとって致命的に重要な意義を持っている。

このことは次に述べるように、台湾が中国の支配下になったと仮定した場合、どのような状況が生起し、何を失うかということを分析すれば、日米両国や地域にとっての台湾の重要性が明白となり、日米同盟と台湾の安全保障・防衛上の関係強化の必然性が導き出される。

第1に、中国という非民主的な一党独裁国家により台湾が支配されることになれば、東アジア・西太平洋地域全体で動揺が広がり、各国の民主化の定着や発展、民主的プロセスによる国家運営など、内政、外政の何れにも悪影響を及ぼす。

第2に、台湾における民主主義の挫折により、中国の東南アジア諸国への圧力に対抗する防波堤が決壊、消滅する結果、ドミノ的に中国(中華)化が進捗する可能性が高まり、戦後営々と築き上げてきた同地域での日本の政治的・経済的影響力を喪失する。

第3に、台湾国民は、日本による統治という経験を有しながらも、アジアの中でも突出して、日本および日本国民に好意を寄せる友好国であり、この得難い真の友邦を見捨てることに伴う損失は計り知れない。

第4に、台湾防衛は米国のコミットメントの証しであり、この失敗は米国の国際政治上の重大責任の回避を意味し、米国の権威失墜は不可避となる。

第5は、台湾への中国軍事力の常続的プレゼンスにより、地域戦略上、最重要な台湾辺海域の軍事、商業利用が阻害され、日米両国にとって生命線とも言うべき軍用、商用海上交通路への致命的な脅威となる。

一方の中国にとっても、台湾は戦略的に重要な意味を持つ。東シナ海と西太平洋の境界線となる南西諸島は台湾本島と接し、中国のいう第1列島防衛線を構成しており、大型爆撃機や水上艦、潜水艦を含む中国海空軍部隊が、西太平洋方面に侵出する際には、わが国の南西諸島列島線か台湾周辺海域を通過しなければならない。中国が台湾を支配下におけば、自由な戦略的通航路を得たことになる。このように中国にとっても、「核心的利益」とする台湾の戦略的位置づけは、致命的に重要な意味合いを持つだけでなく、何としても中国の支配下に置いて、台湾を基点に、有力な軍事力を常続的に西太平洋に展開したいと考えることであろう。

国民党の馬政権は、中国に傾斜した融和政策をとってきたが、李登輝政権以来、自由で開かれた民主主義を享受してきた大多数の台湾国民は、如何なる形にせよ共産党による一党独裁国家である中国の支配下に入ることは望んでいない。本年3月、中台間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」を強権的に批准しようとした馬政権に対し、危機感を抱いた学生活動家の「ひまわり運動」によって立法院が占拠され、批准は阻止された。台湾国民の大多数は、この運動を支持することにより、中国の進める統一政策に明確に反対する意思を表明し、馬政権と中国の目論見は挫折した。

台湾は、むしろ日米など価値観を共有する自由民主主義国家との共生や、これら諸国からの力強い支援を強く望んでおり、とりわけ安全保障面では、日米との関係強化を望んでいる。しかしながら、中台の軍事バランスは、近年急速に中国優位に傾いており、中国からの軍事的圧力も次第に強まりつつある。今こそ、日米両国は、台湾の持つ「政治的価値」と「戦略的価値」に関する認識を改めて共有し、いわば運命共同体的意識を高め、日米台3国の、より踏み込んだ安全保障・防衛協力関係を構築して、一丸となって中国による台湾支配の覇権的野心を阻止すべきである。

ではそのために、日米両国は、如何なる対応策を採れば良いのか。両国は、1970年代に台湾との正常な国交を断絶したが、曲がりなりにも米国は、台湾関係法により安全保障・防衛面での台湾支援を続けており、1996年の台湾海峡危機など、繰り返された中台衝突の危機に際しては、実力を持って中国を牽制してきた。しかし一方の日本は、中国からの圧力を恐れる余りか、国家としての明示的な支援は一切なされてこなかった。今日、米国の政治、経済、両側面での影響力に翳りが見え始め、代わって中国のあからさまな覇権的振る舞いが目立ち、米中の軍事バランスも、米国絶対優位とまでは言えなくなって来た状況下において、日本が採るべき方策は何か。

アジア太平洋地域における大陸パワーと海洋パワーの対立という図式で見た場合、海洋にも侵出して地域の覇権を獲得しようとする大陸パワー中国に対し、広大な海域を含む地域全体に影響力を持つ枢要な海洋パワーである米国とともに、重要な海洋パワーとしての位置付けを持つのは、中国の外洋進出の出口正面に立ち塞がる日本と台湾である。日米台は、海洋パワーとして、一致して大陸パワー中国の太平洋方面における海洋覇権を阻止すべく連携して行動しなければならない。それは地域の民主的かつ安定的な環境を維持し発展させるためにも必須だからである。

日米台の3カ国は、地政学的環境、地勢的条件、国土面積、言語、民族、宗教、文化などの面で、異なる特性を有する一方、海洋国家としての基本的条件を共有し、国家の生存と繁栄を、海洋の自由利用に大きく依存するという共通点を有している。海洋を通じた繁栄の根拠を提供するものは、日米台に共通する自由で開かれた民主主義という国家体制である。

しかし日米台3カ国の安全保障上の関係は万全ではない。日米間には強固な同盟関係があり、米台には正式な国交関係はないものの「台湾関係法」による防衛装備面での事実上の支援関係が存在し、また1996年の台湾海峡危機時の2個空母機動部隊の緊急展開など、時々の政権による若干の「揺れ幅」はあるものの、米台が「実質的な同盟(Virtual Alliance)」関係にあることは立証されてきた。この「2辺」に比較し、日台の関係は、極めて曖昧である。この主因は、日本側の対中弱腰外交に基づくものであるが、今後は経済、産業、文化といった面での交流のみならず、外交、防衛、保安などをも含め、少なくとも日米豪のような「実質的な準同盟(Virtual Semi-Alliance)」に近づけていくことが肝要である。

日本は第2次安倍政権下、2013年12月に策定された「国家安全保障戦略」に示された「国際協調主義に基づく積極的平和主義」という新たな国家理念に基づき、戦後一貫して続いた一国平和主義の呪縛から漸く脱却し、国際協力活動において国力、国情に見合った貢献をする方向に転ずる国家意思を示し始めた。本年4月の安保法制懇の答申を契機として、いわゆるグレー・ゾーン事態や国際平和構築活動、集団的自衛権の行使や集団安全保障措置への参加を巡る憲法解釈を巡る論議が、与党内協議など国会に場を移して活発化し、本年7月1日の閣議決定により、「限定的な集団的自衛権の行使」等を容認する憲法解釈が正式に示された。今後は、年末の日米防衛協力指針の改訂に取り込まれたのち、来年の通常国会での関連法制の審議へと結びつくこととなっている。この際、台湾を集団的自衛権の行使や集団安全保障措置の対象としてみなすのは当然として、現状、朝鮮半島事態を想定するに留まっている日米防衛協力指針や関連法制については、台湾海峡事態も視野に置く形で改訂されるべきである。

米国は冷戦終了後も、その卓越した軍事力により、世界の警察官として、グローバルな平和の創生と維持に少なからず貢献してきたが、目下、国内外に多くの課題を抱える中にあって、第2次オバマ政権は、シリア、ウクライナ、イラク、イスラエルと続く国際問題での迷走やマレーシア航空機撃墜事件への対応ぶりに見るごとく、今や国際的な指導力を著しく失いつつある。同政権は、アジア太平洋地域を重視する政策にシフトするとの方針を形式的には見せているものの、国防費の大幅削減などを迫られる中で、その実現は容易ではなく、実現に向けては、地域の同盟国や友好国による、かつて無い規模の安全保障面での支援、協力を必要とする状況にある。

しかし本年5月、南シナ海で突然強引に開始された中国側の大型海底探査リグによる海底掘削作業に関連して生起した中越衝突を契機に、米国は、明確に対中姿勢を変化させた。6月はじめのシャングリラ会議で、ヘーゲル国防長官は、本件を含めた中国の止まることのない覇権的振る舞いについて、中国を名指しで非難した。これに対して、日本やASEAN諸国のみならず、欧米参加者なども同調する姿勢を鮮明にし、中国代表(国防部長は招待を断り、格下の人民解放軍副総参謀長が出席)が質問攻めに会い、立ち往生する始末となった。

台湾は、民主化という点については3国の中で最も後発であるが、中国との政治的、軍事的対立関係を維持したまま、目覚しい経済的発展を遂げ、東南アジアの中国(中華)化の防壁として存在し、また既に触れたように、その地政学上の戦略的価値は疑いも無く大きい。しかし、最近では馬政権の急速な中国よりの姿勢が見られ、その成り行きが地域社会から心配されていたが、今回の「ひまわり運動」が政治改革の契機となって、台湾国民をより台湾自立の方向に覚醒させ、台湾の独立志向を強固なものにしていく可能性が高いと考えられる。

日中関係の現状を見ると、尖閣諸島、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)に係る日中境界線(中間線か大陸棚か)、沖ノ鳥島の国連海洋法条約上の位置付け(島か岩か)など、領土や権益に絡む係争が現実問題として存在し、最近これらの問題に関して、中国が日本に対し、あからさまに強圧的な対応を繰り返すようになった。近年は、尖閣諸島領海内での中国漁船の海保巡視船への意図的衝突、東シナ海や西太平洋での中国艦隊の行動や、この動きと連動した大型爆撃機H-6の編隊航行、早期警戒機Y―8や無人偵察機などによる示威行動などが常態化している。特に2012年9月の日本政府による尖閣諸島の所有権移転後は、海監や漁政などの政府公船(現在は海警に統一)による尖閣諸島での再三にわたる領海侵犯や不法活動、海監所属機の領空侵犯などに加え、中国海軍フリゲート艦による海自護衛艦へのFCレーダ照射、独善的な防空識別区(ADIZ)の設定、公海上で監視飛行中の自衛隊機への無警告異常接近など、日本にとって看過できない問題が頻発している。

米中関係の現状を見ると、米国は、冷戦終了後、その時々の世界情勢や米国内事情を反映する形で、対中国姿勢を変化させてきたが、基本的には、その非民主的政治体制、党に隷属する軍といった体制的問題や人権弾圧、米大陸を攻撃可能な弾道ミサイルの保有やその増強、海空兵力強化を伴う覇権的な海洋侵出などから、アジア太平洋地域における米国のパワーゲームの競争相手、最大の潜在的対立者として位置付けており、中国の軍事力の強化を警戒している。

中台関係の現状を見ると、中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政問題であるとの立場で、「一つの中国」の原則を主張してきた。同時に中国は、台湾を「核心的利益」と位置づけ、台湾への武力行使の条件として、①台湾の独立宣言、②外国による台湾の占領、③台湾当局による統一問題平和解決協議の無期限の拒否、の三点を示すなど、政治的恫喝や軍事的脅迫という形で、台湾の武力統一の可能性も繰り返し表明している。

軍事面に焦点を当て、日米台と中国の関係を見るとどうなるか。

中国は、東シナ海や台湾周辺海域のみならず、日本周辺海域、南シナ海、西太平洋への覇権的な海洋侵出を図り、また近年は、海空軍兵力を中心に戦力を急速に近代化し、止め処なく勢力の拡張を図っている。現時点では既に、海空軍の能力は、量のみならず、質的にも台湾の海空軍兵力を凌駕している。特に、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルの異常に速いテンポでの増強は、台湾の国民に多大な不安を与えている。

しかし中国が台湾に本格的に侵攻する際に、最大の障害となると意識しているのは、台湾の戦力ではなく、米国の動向、特にその強大な海空軍事力である。即ち、中台関係は、少なくとも軍事面から見れば、米中関係とほぼ同義であると認識すべきである。

台湾攻略のためには、中国は、米国との軍事対決をも辞さない覚悟が必要となるが、軍事対決の様相は、地勢的に見て、必然的に海上や航空における軍事的優勢(海上・航空優勢)を巡るものとなる。中国が台湾攻略に本気になればなるほど、米国の海空軍事力との衝突は避け難くなる。中国が台湾攻略における不敗の態勢整備を進めていこうとする過程で、東アジア・西太平洋での軍事的優位を維持しようとする米国との摩擦が顕在化していくことは不可避となる。そのため中国は、以前から、対外的には台湾統一を口実としつつ、実質的には台湾の先、即ち米軍事力との対決を念頭において、本格的な軍事力の整備に着手してきた。現在では、近接阻止・地域拒否(A2/AD)と称される対米戦略構想(2009年米国防省報告「中華人民共和国の軍事力」)にその特徴が示されるように、台湾周辺海域や西太平洋における対米阻止戦略の確立を目指して、成長を続ける経済力を背景に軍備を増強しつつあり、近年の政治指導者は、覇権主義に突き進む国家意識を隠そうともしない。

中国は、1980代中期に「近海防御戦略」を立案し、以後それを発展させてきた。南西諸島、台湾、フィリピン、ボルネオ島を結ぶ第一列島防衛線を絶対防衛線とみなし、その内側にある南シナ海や東シナ海の島嶼部に軍事拠点を構築する一方、現在では強襲揚陸能力を含む多種多様な軍事力(海上民兵、海警などの準軍事力を含む)を展開している。このようにして軍事的に他国の利用を拒否し、自らが管制可能な海域に仕立て上げる「地域拒否(AD:Area Denial)」構想を打ち立てており、南シナ海や東シナ海での中国の強引かつ強圧的な動きの原理となっている。最近では中国の公的な見解として、これら海域も台湾と同様に「核心的利益」と呼称されるようになった。

一方、第一列島防衛線の外側の西太平洋海域では、米海空軍力の接近を阻止する「近接阻止(A2:Anti-Access)」構想を有しており、航空母艦、原子力潜水艦、ステルス戦闘機、長距離爆撃機などの海、空軍力の近代化、増強をはじめ、中・長射程の対地・対艦用の弾道・巡航ミサイルや、宇宙兵器、サイバー戦能力を大幅に強化している。これらに加え、ゲリラ・コマンドウや機雷敷設など、従来型の非正規戦能力も維持している。即ち中国は、第一列島防衛線の内外に二段構えの防衛態勢を構成するA2/AD構想の実現を目指し、軍事拠点や軍事力の増強を図っているのである。最近の米議会報告によれば、中国は2020年までに艦艇建造数で世界一となると同時に、ロシアの現在の軍事技術水準に達し、2030年には米国の現在の軍事技術水準に達するであろうと見積もられている。

台湾は馬英九総統が提唱する「固若磐石(磐石のように堅固)」の国防建設の方針のもと、「防衛固守、有効抑止」を内容とする軍事戦略を採り、総兵力を大幅に削減しつつ、徴兵および志願兵から構成されている台湾軍を、2014年末までに完全志願制に移行させることを目指していると理解している。小生の認識している台湾軍の現状兵力は、以下のとおりである。

陸上戦力は陸軍39個旅団および海軍陸戦隊3個旅団などの約21万5,000人であり、このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約165万人の予備役兵力を投入可能である。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦に加え、近くペリー級フリゲートも導入する予定である。航空戦力については、F-16A/B戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。台湾軍は、先進科学技術の導入や統合作戦能力の整備を重視しているが、装備の近代化が依然として喫緊の課題となっている。米国防省はこれまで台湾関係法に基づき台湾への武器を売却しているが、台湾側が購入を希望しているF-16C/D戦闘機や潜水艦などについては進展が無く、今後の対応が注目される。

近年、中国が軍事力の近代化を急速に進めた結果、中台の軍事バランスは、全体として圧倒的に中国側に有利な方向に傾いており、今後は、台湾自身の軍事力の近代化や、米国による台湾への武器売却などが鍵となっている。

中台の軍事力の現状を比較すれば、①中国の台湾本島への着上陸侵攻能力は限定的であるが、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力の向上を図っている。②海・空軍力については、中国が量的に圧倒しており、質的にも、近年、中国の海・空軍力の近代化が著しい。③中国は、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルを多数保有しているが、台湾は有効な対処手段に乏しい。

台湾本島周辺の作戦地域の特徴を見ると、①本土に近接している金門、馬祖、澎湖諸島については、要害化されているが民間人も多数居住している。②台湾海峡については、艦船の可航幅は、130~160km程度であり、全般に水深100m以浅で潜水艦の行動には不適であり、台風期には渡海・経空作戦は困難である。③本島周辺では、西岸はほぼ全面的に遠浅で、かつ泥濘状態であることから上陸作戦には非常な困難を伴う。特に民間徴用の漁・商船による上陸への利用は著しく困難を伴う。④本島においては、西部に政経中枢、重要軍事基地、主要交通網が集中し、東部では軍事基地、交通網を開発中である。⑤台湾東(与那国西)海峡及びバシー海峡では、艦船の可航幅は事実上無制限、水深は100m以深であり、また急速に1,000m以深となる海面に恵まれており、潜水艦の行動に適しているが、台風期には、水上・航空作戦は困難となる。

これらを踏まえれば、軍事的には、中国の台湾侵攻能力は急速に向上しつつあるものの、手段、時期、作戦正面等で制約を受けるとともに、少なくとも現在の国際環境を踏まえれば、政治的な考慮から、依然として限定的なオプションしか選択せざるを得ないであろう。

現時点で大規模な準備なしに実施できる軍事的オプションとしては、決定的な攻略ではない、懲罰的な意図を持って行うシナリオであり、①三戦を活用した精神的な抵抗意思の剥奪、世論の撹乱、②それらに連動した特殊部隊などによる破壊、擾乱、サイバー攻撃、電子戦、EMP攻撃、宇宙空間での対衛星攻撃等による台湾軍のC4ISR機能の破壊、③状況により、各種弾道・巡航ミサイルを台湾近海に撃ち込むなどの威嚇・恫喝などが考えられるが、台湾側の頑強な抗戦意欲があれば、侵攻目的を達成することは出来ないであろう。

しかし何らかの理由で、米国が台湾防衛意欲を失う気配を見せるなど、国際環境が劇的に変化し、更に中国が台湾侵攻に十分な能力を保持するに至ったと自覚した場合における、一定規模の準備、または本格的な準備を必要とする単独または複合の軍事侵攻オプションとしては、サイバー戦などの非正規戦を併用しつつ、④初期段階での台湾側要人、指導層、軍司令部などに対する「司令塔排除作戦」、⑤台湾航空基地、海軍基地、司令部組織などに対する奇襲的な各種ミサイル攻撃と航空攻撃、特殊部隊攻撃、場合により化学剤、生物兵器などの大量破壊兵器を一部使用した侵攻、⑥航空優勢獲得のための航空作戦、海上優勢獲得のための海上作戦、⑦その後の各種弾道・巡航ミサイルや爆撃機・戦闘機を併用した集中飽和攻撃による、台湾側兵力の漸減、機動運用の阻止、各種インフラ中枢、兵站集積地などへの攻撃、⑧全期間を通じた電子戦、サイバー戦、特殊部隊攻撃、台湾機の反撃に対する防空戦闘、宇宙空間からのEMP攻撃なども含めた対衛星攻撃、⑨海空優勢を確保し、台湾陸海空戦力を漸減した後、台湾本島への本格的経空・渡海侵攻、などが考えられる。いずれの場合も、中国としては、米軍が来援する以前に台湾の制圧という既成事実を作為するとともに、対米(日)軍来援阻止のための戦略核兵力、弾道・巡航ミサイル、近代的海空兵力を控置する必要がある。

では台湾の政治的価値と戦略的価値を踏まえ、日本の採るべき対応は如何にあるべきか。

繰り返しになるが、一衣帯水の隣国である台湾は、日本にとって地政学上も、戦略上も重要な位置を占めると同時に、北東アジアの海上交通路の隘路(チョーク・ポイント)となっており、日本や地域全体の安全保障上、重要な意味を持つ。仮に、台湾が中国によって政治的かつ軍事的に制圧された場合、日本は政治面、経済面のみならず、軍事面でも大きな打撃を受けることは自明の理であり、日本は台湾有事に際し、米国と共同歩調を図りつつ、台湾を軍事的にも支援するための行動を採るべきである。

ここで台湾有事における日米台の安全保障関係を考えた場合に重要となるのは、従来、日本政府が「権利は保有しているが行使できない」とする憲法解釈由来の神学論争から脱して、集団的自衛権の問題に現実的に向き合わねばならない。そして同盟国である米国は当然として、必要な場合に、台湾への「集団的自衛権の行使」を可能とする条件を明確化し、更に「武力行使の一体化」といった派生する問題も是正しなければならない。幸い、前述した様に、安倍政権は本年7月1日、自公両党による与党内協議の末、「限定的な集団的自衛権の行使」等を容認する閣議決定を行い、関係法案の来年の通常国会への上程を目指す構えである。更に、本年末には、限定的集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ形で、日米防衛協力指針の改訂を行う運びとなっている。

従来、法制面で見てみた場合、日本が台湾に対する集団的自衛権の行使を行う場合に問題となるのは、主に次の4点であった。即ち、①台湾は、国連憲章にいう「被攻撃国」すなわち「国家」であるのか、②これと関連し、日本と台湾の間において、日米安保条約のような特別な条約締結の必要があるのか、③尖閣諸島は台湾の領土であるとの台湾の主張は、集団的自衛権の行使を正当化する要件としての「被攻撃国との密接性」を否定するものとならないのか、④同様に「自国防衛との相関性」を否定するものとならないのか、という点である。

今般の閣議決定においては、現憲法で認められる自衛の措置としての武力の行使は、次の3要件に該当する場合に限られるものと解されるとして、①わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、②これを排除し、わが国の存立を全うし国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使に留まるべきこと、を示した。今後、「個別的自衛権」及び「限定的な集団的自衛権」の行使に関する新3要件となる。

ここで、台湾を巡る緊急事態や有事をも想定しつつ、今後の日台安全保障・防衛関係のあるべき姿を求めて見た場合、今般の日本における集団的自衛権の行使等に関する議論を踏まえた上で、今後、日本政府として取り組むべきことは、①今年末を目処に改訂作業が進んでいる日米防衛協力指針の中で、台湾を日米共同による防衛協力対象(周辺事態)から排除しないこと、②一定の条件が整えば、台湾を「限定的な集団的自衛権の行使」の対象とすること、③日米台の安全保障・防衛協力を進展させること、④究極的には、これらを総合した形で、日台関係基本法を制定することである。

更に、日米台3カ国は、近年、中台問題に余り関心を寄せなくなった国際社会に対し、台湾の政治的、戦略的重要性を十分に認知させるための努力を払うべきである。そのための有力な手段の一つとしては、国際的な海上安全保障グループの一員として台湾を参入させることが近道となる。即ち、世界を貫通するシームレスな海上交通路が何らかの形で妨害行為を受け、自由な航行が確保されない恐れが生じた場合などにおいて、広域の海洋安全保障協盟(MSA:Maritime Security Coalition)による協力活動の推進のために、台湾にも役割を分担してもらうことである。MSAは、日米が主軸となり、アジア・オセアニア・インド洋・中東・アフリカ・北極海など、枢要な海上交通路が所在する地域のメンバーで、日米台3国と価値観を共有する良識ある民主主義海洋国家、即ち、ASEAN諸国、豪州、インド、GCC・東アフリカ諸国、NATO・北欧諸国などにより構成される、緩やかであるが、シームレスかつグローバルな海洋安全保障「有志連合」である。

一方、日本として、台湾に安全保障・防衛面で期待するのは、自由民主主義国家としての自国の防衛に加えて、周辺海域やシーレーンの防衛能力向上の真剣な取組みである。台湾として、先ずは米国から導入中の強化されたC4ISR機能を有する海空を主体とする近代的装備の実際的運用に全軍が速やかに習熟して、「総合的な(Comprehensive)制海・制空能力」という近代戦遂行能力を獲得するための努力に国家の総意として邁進することが望まれる。その上で将来に向け、戦略的対潜戦遂行、広域情報収集、弾道・巡航ミサイル防衛、総合防空などの能力の保有に着意していく必要があると考える。そして何よりも大事なことは、台湾の国民の総意としての中国による統一阻止への強い団結力である。

「ひまわり運動」を契機として、今、台湾の民意は大きなうねりを伴って動きだしたと予感される。そこで台湾の皆さんから大きな反対の声が上がることを承知の上で、日台、日米台、あるいは地域や国際社会との関係改善を期待して、敢えて台湾に頼みたいことがある。

台湾は、中国の言う(元々1947年に当時の中華民国が主張した)南シナ海の11段線(現在は9段線とも10段線ともいう)の由来を、台湾自身の持つ法的な証拠を示して国際社会に明らかにし、南シナ海問題の抜本的解決に貢献してほしいということだ。南シナ海問題の根本的解決のためとして、米国からも声が上がっている。

台湾は、当時の領有権主張の法的根拠を国際社会に明確にした上で、国連海洋法条約など国際法に則した現時点での台湾の南シナ海における領有権主張を正当にアピールすることができる。ASEAN諸国は、既に領有権紛争を法に則して解決することに合意している。中国は、従来曖昧にしてきた南シナ海領有権等の主張や国内法体系について、2000年前の怪しげな古文書や10段線を境界線とした「新地図」などに一方的な正当性を求めるのではなく、近代の歴史や国際法に則した詳細かつ論理的な説明をする責任が出てくる。

台湾は厳然たる独立国家として、国際社会への正式な参入が許されるべきだが、中国の強烈な反対があり、国際社会からも余所余所しくされている。台湾が勇気を奮ってこの挙に出れば、国際社会は、台湾を良識ある独立国家として正式に受け入れるであろう。そのことによりMSAへの正式な参画も可能となる。今こそ本問題への抜本的な解決のため、台湾の決意が必要となっている。勿論、日米は大歓迎する。

繰り返しになるが、台湾の皆様からの猛反対を覚悟して敢えて提案した。皆様方の忌憚のないご意見や反論、建設的なご提案を頂ければ幸甚に存ずる次第である。